飛翔体搭載プラズマ計測機器の開発
宇宙空間はプラズマで満たされた世界であり、そこで生じるさまざまな電磁現象の理解にはプラズマの動態の観測研究が不可欠である。宇宙空間プラズマの観測には、電磁波によるリモート計測手法も存在するが、観測対象は非常に希薄なため、そこから得られる情報は、いろいろな面で「荒く」、制限が多い。人工衛星の誕生以来50年にわたり、地球周辺の宇宙空間の探査が行われ、衛星搭載計測機器による直接(in-situ)計測により、その理解は飛躍的に進んだ。
地球周辺の宇宙空間が実利用の時代を迎えつつある一方で、人類は直接計測による探査の対象を、太陽系空間、他の惑星へと拡大している。筆者自身が現在取り組んでいるのも、2018年打ち上げ予定の日欧共同水星探査機のイオン計測機器の開発であり、深宇宙ミッション用である。ここでは、水星イオン計測器(MIA)について紹介する。
プラズマ計測法としては、ラングミュアプローブやファラデーカップ(Retarding Potential Analyzer)などの、あるエネルギー以上の荷電粒子流の電流を計測する積分法もあるが、筆者らが取り組んできたのは、ある狭いエネルギー範囲を取り出すエネルギー分析(微分)型である。この型としては大きく分類して、(I)E/q(エネルギー/電荷)を計測する静電分析器、(II)P/q(運動量/電荷)を計測する磁界分析器、(III)v(速度)を計測するTOF(Time Of Flight)法がある。
ここで紹介するのは(I)の静電分析器で、これは、衛星周辺の荷電粒子を分析器に取り込み、静電界中を飛翔させ、検出器に到達する粒子軌道(固定)と印加した静電界(可変)との関係から粒子のE/qを知るものである。図1には上記のMIAの外観図を示した。これはTop-Hat型の静電分析器であり、対象軸に垂直な平面内に2πの視野をもつが、プラズマの3次元速度分布を得るには、衛星スピンなどを利用して視野の向きを変えてやる必要があるものである。
また、2016年12月20日に打ち上げられた、「あらせ」(ジオスペース探査衛星)に搭載されている高エネルギー電子計測器HEP-eの開発にも、参加してきた (3)(4)。
参考文献
宇宙環境実時間モニタリング・予測システムの開発
衛星による通信、放送、測位などは、今日の社会活動・経済活動にとって不可欠なものとなっている。また、国際宇宙ステーションの利用などによる有人宇宙活動が活発になり、一般人の有人宇宙旅行も夢ではなくなっている。宇宙における放射線環境の変動をはじめとする太陽活動に起因する宇宙環境の変動、その社会インフラへの影響(放射線被爆や表面・深部帯電による衛星異常、電離圏擾乱による電波伝搬障害等)を総称してSpace Weather (宇宙天気)と呼ばれている。
人類の社会活動・経済活動への悪影響を軽減する「減災」を目的として、宇宙環境の変動を監視・予測するシステムの開発が、近年、宇宙先進国を中心に進められている。宇宙環境の変動の監視には、太陽から地球超高層大気までの広大な空間における様々な観測データが実時間で必要であり、新たな観測装置の開発から、衛星/地上観測点の展開、データ収集網の構築、高次処理の高速アルゴリズムの開発など、多くの課題を個々の観測対象について、克服していく必要がある。
筆者らが研究をしてきたL5点での太陽定点観測では、地球から見て東側経度60°に位置する利点から、
(I) 太陽活動領域の先行監視(太陽の自転により裏側の活動領域が地球から見えるようになる約4日前にL5点では見える)、
(II)地球に向かって飛翔するCME(Coronal Mass Ejection:磁気嵐や放射線増大の元凶)の撮像(地球から見ると太陽地球間にある物の位置などの詳細は分かりにくいが、太陽地球間の側面からみれば、一目瞭然)
(III)太陽とともに共回転する惑星間空間構造の先行監視((I)と同様に地球で変動が起こる約4日前に分かる)、が可能になると期待されている。
筆者らはこのうち(III)について、惑星間空間を飛翔した米国のSTEREO探査機のデータを用いて、L5点での観測からどの程度の精度で地磁気擾乱の予測が可能であるかを、定量的に検討した(5)。その結果は、単純な太陽風の共回転性を利用するだけでは、地磁気擾乱の定量的な予測は、静穏時の予測に比較して、より困難であることが示された。予測精度を実用に供するレベルに引き上げるには、さらなる太陽風変動要因の研究が必要である。
また、衛星測位の誤差要因となる電離圏全電子数(TEC)の日本上空における実時間導出アルゴリズムを開発し、全電子数変動監視システム(6)を構築してwebで公開した(http://wdc.nict.go.jp/IONO/)。図4にその2次元マップを示す。緯度・経度で2°x2°のメッシュ内では一様性を仮定しており、5分毎の平均値として1枚の図が得られる。
図3、実時間処理・表示された日本上空のTEC
参考文献
5) W. Miyake, and T. Nagatsuma, On the predictive ability of geomagnetic disturbamces
from solar wind measurements at separated solar longitude, International
Journal of Astronomy and Astrophysics., Vol. 2, 63-73, 2012.
飛翔体観測データによる宇宙空間プラズマ諸現象の研究
オーロラ帯には、磁気圏からのエネルギーが集中して降下しており、さまざまなプラズマ現象が生起している。そのうち注目すべきは、粒子加速であり、特に電離圏イオンの加速・加熱・流出現象は、ここ20年くらいにわたって精力的に研究されてきた。
図4、極域オーロラ帯からのイオン流出現象
極域における粒子加速としては、磁力線平行電場による加速機構が有名であるが、磁力線垂直方向の加速・加熱も多くみられる。これは、プラズマ波動のエネルギーの吸収として説明がなされるが、問題はその波動のエネルギー源である。通常のオーロラ活動においては、DC的な沿磁力線電流がそのエネルギーの供給を担っているが、イオンの磁力線垂直加速・加熱においては沿磁力線電流との相関は乏しい。
また、この「あけぼの」衛星の軌道は、磁気圏の放射線帯内帯を横切っており、その被ばくにより太陽電池出力が年々低下していく。この電池の劣化率から放射線帯の大きな変動が起こっていたことがあきらかとなった。大きな太陽面爆発現象とそれに伴う磁気嵐により、1991年3月から年末にかけて、プロトン放射線帯が2つのピークをもつ特異な構造であったことが見出された(8)。
さらに、プロトン放射線帯の空間分布は、従来のNASAのAP8モデルと比較して、よりシャープに局在化していることが示唆され(9)、実際の劣化の様相をもっともよく再現できるモデルも提示された(10)。
太陽電池出力は被ばく放射線量だけでなく、温度によっても変動することが知られている。放射線劣化が進行すればするほど、より温度による変化が顕著になっていく。この様相を20年近いデータからまとめられている(11)。
参考文献
その他、共同研究などによる成果
M. Taguchi, T. Sakanoi, S. Okano, M. Kagitani, M. Kikuchi, M. Ejiri, I.
Yoshikawa, A. Yamazaki, G. Murakami, K. Yoshioka, S. Kameda, W. Miyake, M. Nakamura, and K. Shiokawa, The Upper Atmosphere and Plasma Imager/the Telescope of Visible Light (UPI/TVIS)
onboard the Kaguya spacecraft, Earth Planets Space, Vol. 61 (No. 12), pp. xvii-xxiii, 2009